富士市の民主主義プロセスは?
朝日新聞が元旦の社説に、小平市住民投票の話題を取り上げました。
朝日新聞社説こちら→→

何人かの方に、もう少し詳しく教えて欲しいと言われました。
この小平市の住民投票に関しては、昨年12/25の東京新聞(東京NEWS2013)にも掲載されましたので、こちらの記事をお知らせします。

小平市の住民投票 5万1010人の意思どこへ

2013年12月25日/東京新聞

都道計画を住民参加で見直すか、見直しは必要ないか。五月二十六日、都内初の直接請求による住民投票が小平市で行われた。しかし、五万一千十人が投じた意思は今も、封じられたままだ。
20131225小平市住民投票条例
・・・
 「市民がどういう思いで住民投票に参加したのか。結果は市民に返してほしい」。反映させる会は訴える。投票用紙の公開を求めた情報公開請求は訴訟に発展し、東京地裁で係争中だ。来月には、立ち退きを迫られる住民らが事業認可の取り消しを求めて提訴を予定している。 

※全文こちら→→

この2誌が年末・年始にこのテーマを改めて取り上げた事は、それだけ住民が意思表示をする事の難しさ、そして大切さを伝えていると思います。
小平市の住民の方がまず求めているのは、住民の意思が反映された民主主義のプロセスであって、結果ではありません。

しかし同様の民意が反映されない問題が、富士市でも、日本全国でも発生していることも事実です。

毎日新聞の社説末尾の内容も、民主主義のあるべき姿を訴えています。

民主主義という木 枝葉を豊かに茂らそう

2014年1月1日/毎日新聞

・・・
この国で日々、地道に、懸命に働き、生きている、あらゆる人々は、みなそれぞれに国の未来を真剣に考える、愛国者たちである。

にもかかわらず、「統治する側」が自分たちの「正義」に同調する人を味方とし、政府の政策に同意できない人を、反対派のレッテルを貼って排除するようなら、そんな国は一見「強い国」に見えて、実はもろくて弱い、やせ細った国だ。

全体が一時の熱にうかされ、一方向に急流のように動き始めたとき、いったん立ち止まって、国の行く末を考える、落ち着きのある社会。それをつくるには、幹しかない木ではなく、豊かに枝葉を茂らせた木を、みんなで育てるしかない。

その枝葉のひとつひとつに、私たちもなりたい、と思う。「排除と狭量」ではなく、「自由と寛容」が、この国の民主主義をぶあつく、強くすると信じているからだ。

※毎日新聞社説こちら→→

年の初めの社説で民主主義のあり方について取り上げられている記事は、富士市の新市長・富士市議会議員の方たちも目を通していると思います。
機会があれば是非お聞きしてみたいと思います。
いま富士市は、民主主義のプロセスが正しく機能していると思いますか?
富士市は民主主義のプロセスが正しく機能していますか?
富士市の民主主義のプロセスに対する疑問の中で、直近のテーマでは石炭火力発電の問題があります。
建設計画に賛成・反対ということではありません。
例えば次のような疑問です。

2013/8/7静岡新聞軒時で初めて、石炭火力発電所建設計画を知りました。
それを知った時、過去の富士市の歴史から「まさか」と思った方は多いと思います。
それだけ富士市民にとって不安が大きい事柄であることは、言うまでもないと思います。

しかしその日のテレビニュースでは、当地区の連合町内会長が「賛成の意向を語るニュース」が流されました。
その時点で各町内(17町内)の町内会長にも地域住民にも、何も知らされていませんでした。
住民の意向を集約し、行政や企業に伝える立場の人が、それを無視してこのような意向を述べる事が、はたして正しい事でしょうか。
それを証明するように、その後行われた8/22の地区住民説明会では、反対意見・説明不足を指摘する声が続出しました。

このような状況は他の地区にもありました。
ある町内の方が火力発電計画に対する不安の思いを町内会長に伝え、その町内会長が連合町内会長に住民説明会の必要性を伝えました。返ってきた答は「ここには煙は来ないから必要ない」と言うものだったそうです。
ここでも他の町内会にも住民にも、一切確認することも説明することもなくこのような発言をしています。

これでは住民のための町内会や連合町内会という組織ではなく、企業や行政の意向を反映するための組織になっている・・・?と思われても仕方ないと思います。

しかし良く考えると、このことに大きな違和感は感じますが、問題の本質ではないと思います。
以上の発言は連合町内会長の個人的意見であり、その時点で住民が納得できなければ、自分考えを伝える事が出来るはずです。
本来はそのように住民が自由に自分の意見を出し合い、議論することが民主主義の原点だと思います。
本来はそのはずです・・・?
最大の問題は・・・!
それが出来ない雰囲気が、富士市全体に淀んだ空気のように蔓延していることです!

石炭火力発電所建設計画に対して、元吉原地区の住民の方がどのように感じているか、複数の住民の方に意見をお聞きしました。
1人を除きほとんどの人が反対の意向でした。当然の結果だと思いました。
しかしそれに続く言葉、

「反対したら何をされるかわからず怖いから」
「どうせ言ってもムダだから」
「どうせ造られてしまうんでしょ」
「はっきりした健康被害が出なければ無理だよ」

だから反対の声が出せない、という声が多く聞かれました。
これが正しい民主主義が機能している街の、住民の言葉ではないことは明らかです。

もちろん私たちが意見を聞くことが出来た人はごく少数です。他の市民の方の意向はわかりません。
しかし一人のお母さんが始めた小さな署名活動でさえ、多数の署名が集まっている事から、多くの反対意見があることは推測できます。
この声が小平市民のように、「賛否」を問う住民投票条例につながるようなパワーになれば!

少なくとも「あきらめが充満する富士市」・・・本当は誰も望んでいませんよね!


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[2014/01/05 15:12] | 富士市関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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