高浜原発停止!正反対の社説
原発再稼働に反対している私達にとっては、限りなく大きな高浜原発停止命令。
しかし一夜明けた今日、新聞報道を確認すると予想通り?朝日・東京と読売・産経新聞の社説は見事に正反対!
原発問題、安保法問題などに目を向けてきた人にとっては、いつもの事でありさほど驚くことではないと思いますが?
今回は「無関心層」と言われる人たちに、この4紙の社説を比べてみてもらいたいと思います。
どちらが正しいと感じるんでしょうか?

高浜原発に停止命令 フクシマを繰り返すな

東京新聞/社説 2016年03月10日
 
稼働中の原発を司法が初めて止める。関西電力高浜3、4号機の安全性は不十分だからと。国民の命を守る司法からの重いメッセージと受け止めたい。

3・11から五年を前に、司法の良識を見たようである。住民の安堵(あんど)の声も聞こえてくるようだ。

3・11後、再稼働した原発の運転の可否をめぐる初めての司法判断は、原発は「危険」と断じただけでなく、事故時の避難計画策定も十分でないままに、原発の再稼働を「是」とした原子力規制委員会の「合理性」にも、「ノー」を突きつけた。

◆よみがえった人格権

大津地裁の決定は、高浜原発3、4号機が、そもそも危険な存在だという前提に立つ。

その上で、最大の争点とされた基準地震動(耐震設計の目安となる最大の揺れ)に危惧すべき点があり、津波対策や避難計画についても疑問が残るとし、住民の「人格権」が侵害される恐れが高い、と判断した。

昨年暮れ、福井地裁が危険性は「社会通念上無視し得る程度まで管理されている」と切り捨てて、同地裁が下していた両機の運転差し止めの判断を覆したのとは、正反対の考え方だ。

一昨年の十一月、大津地裁も「避難計画などが定まらない中で、規制委が早急に再稼働を容認するとは考え難く、差し迫る状況にはない」と申し立てを退けていた。

ところが、規制委は「避難計画は権限外」と、あっさり容認してしまう。

今回の決定からは、そんな規制委への不信さえうかがえる。危険は現に差し迫っているのである。

住民の命を守り、不安を解消するために、今何が足りないか。3・11の教訓を踏まえて、大津地裁は具体的に挙げている。

▽建屋内の十分な調査を踏まえた福島第一原発事故の原因究明
▽事故発生時の責任の所在の明確化
▽国家主導の具体的な避難計画
▽それを視野に入れた幅広い規制基準

私たちが懸念してきたことでもある。

県外住民からの訴えを認めたことで、原発の“地元”を立地地域に限定してきた電力会社や政府の方針も明確に否定した。

そして、その上で言い切った。

「原子力発電所による発電がいかに効率的であり、コスト面では経済上優位であるとしても、その環境破壊の及ぶ範囲は我が国さえも越えてしまう可能性さえある。単に発電の効率性をもって、これらの甚大な災禍と引き換えにすべき事情であるとは言い難い」

◆過酷事故が具体論へと

効率より安全、経済より命-。憲法が保障する人格権に基づいて住民を守るという基本への回帰。司法の常識が働いた。

五年前、東日本大震災による福島第一原発の事故が起きる前まで、司法は原発事故と真剣に向き合っていたといえるだろうか。「起きるはずがない」という安全神話に司法まで染まっていたのではないだろうか。

震災前までは多くの原発訴訟の中で、二〇〇三年のもんじゅ訴訟控訴審(名古屋高裁金沢支部)と〇六年の志賀原発訴訟一審(金沢地裁)の二つの判決以外は、すべて原告が負け続けていた。

この二つの判決も上級審で取り消され、原告敗訴に終わっている。原発差し止め-という確定判決は一つも存在しなかった。

ただ、「レベル7」という福島原発の事故を目の当たりにして、司法界でも過酷事故は抽象論から具体論へと変質したはずだ。

司法は原発問題で大きな存在だ。経済性よりも国民の命を守ることの方が優先されるべきなのは言うまでもない。司法が国民を救えるか-。

その大きな視点で今後の裁判は行われてほしい。

現に動いている原発を止める-。重い判断だ。しかし、国会、行政とともに三権のうちにあって、憲法のいう人格権、人間の安全を述べるのは司法の責務にちがいない。

繰り返そう。命は重い。危険が差し迫っているのなら、それは断固、止めるべきである。

◆規制委は変われるか

対策も不十分なままに、四十年を超える老朽原発の再稼働が認められたり、再稼働の条件であるはずの免震施設を建設する約束が反故(ほご)にされてしまったり、規制委の審査にパスした当の高浜4号機が、再稼働直前にトラブルを起こしたり…。

再稼働が進むのに比例して、住民の不安は増している。
規制委は、司法の重い判断を受け止めて、審査の在り方を大きく見直すべきだ。
政府は福島の現状も直視して、再稼働ありきの姿勢を根本から改めるべきである。

原文こちら→→

■朝日新聞/社説→→「原発事故から5年 許されぬ安全神話の復活」

高浜差し止め 判例を逸脱した不合理な決定

読売新聞/社説 2016年03月10日

裁判所自らが、原子力発電所の安全審査をするということなのか。

滋賀県の住民29人が、福井県の関西電力高浜原子力発電所3、4号機の運転差し止めを求めた仮処分申請で、大津地裁が差し止めを命じる決定を出した。

重大事故や津波の対策、事故時の避難計画の策定などについて、「関電側が主張や説明を尽くしていない」との理由である。

原子力規制委員会は、福島第一原発事故後に厳格化された新規制基準に従い、1年半をかけて3、4号機の審査を実施した。昨年2月、合格証にあたる「審査書」を交付し、関電は今年1月に3号機を再稼働させた。

大津地裁は、規制委と同様、関電に原発の安全性の技術的根拠を説明するよう求めた。関電は、審査データを提出し、安全性は担保されていると主張した。

だが、大津地裁は「対策は全て検討し尽くされたのか不明だ」として、受け入れなかった。

司法として、関電に過剰な立証責任を負わせたと言えないか。

最高裁は、1992年の四国電力伊方原発訴訟判決で、原発の安全審査は「高度で最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」との見解を示した。

高度な専門性が求められる原発の安全性の判断で、司法は抑制的であるべきだとする判例は、その後の判決で踏襲されてきた。

今回の決定も、最高裁判例に言及はしている。だが、再稼働のポイントとなる地震規模の想定などについてまで、自ら妥当性を判断する姿勢は、明らかに判例の趣旨を逸脱している。

大津地裁が、規制委の新規制基準に疑問を呈したのも問題だ。

新基準は、第一原発事故を踏まえ厳しくなったにもかかわらず、規制委の策定手法などに対して、「非常に不安を覚える」と独自の見解を示した。原発にゼロリスクを求める姿勢がうかがえる。

菅官房長官が「世界最高水準の基準に適合するという(規制委の)判断を尊重していく」と強調したのは、もっともである。

仮処分決定を受け、関電は、再稼働したばかりの高浜3号機を停止する作業に入る。4号機は2月に再稼働したが、直後のトラブルで停止している。

関電は、大津地裁に対し、保全異議などを申し立てる。それが認められなければ、高裁に抗告することになろう。裁判所には、冷静で公正な判断を求めたい。

原文こちら→→

■産経新聞/主張→→「高浜原発差し止め 常軌を逸した地裁判断だ」

ポイントは?
それぞれ主張のポイントと思われる部分を、記事の中から拾ってみました。
経済性を重視するか、国民の生命を重要と考えるかが争点だと思います。

■東京新聞
原発は「危険」と断じただけでなく、事故時の避難計画策定も十分でないままに、原発の再稼働を「是」とした原子力規制委員会の「合理性」にも、「ノー」を突きつけた。


■朝日新聞
今回の決定は、事故を振り返り、環境破壊は国を超える可能性さえあるとし、「単に発電の効率性をもって、甚大な災禍とひきかえにすべきだとは言い難い」と述べた。
そのうえで事故原因の究明について関電や規制委の姿勢は不十分と批判。規制委の許可がただちに社会の安心の基礎となるとは考えられないと断じた。
新たな規制基準を満たしたとしても、それだけで原発の安全性が確保されるわけではない。その司法判断の意味は重い。


■読売新聞
菅官房長官が「世界最高水準の基準に適合するという(規制委の)判断を尊重していく」と強調したのは、もっともである。


■産経新聞
今回の決定は、政府の新規制基準による安全性確保が合理的かどうかの説明を関電に求め、「主張および疎明を尽くしていない」と断じた。具体的には耐震性能や津波対策、避難計画などに疑問があると指摘した。
これが理にかなっているといえるのか。高浜原発の強制停止がもたらす電力不足や電気料金上昇など社会的なリスクの増大にも、目をつむるべきではない。


ひとこと言わせてもらうと!

新規制基準に合格すれば安全?

難しい話ではないと思うんですが?
新規制基準を合格した高浜原発4号機で、その後2度も事故が発生している事実!
(○2/20→放射性物質含む水漏れ ○2/29→変圧器周辺トラブルで緊急停止)

知り合いのわかり易い説明!
これは自転車を修理してもらい乗ってみたら、タイヤの空気が抜けた、急にブレーキがかかり止まってしまった、これと同じ状態だと思うんですよ。少なくともこれは、世界最高水準の基準に適合しているとは言わないですよね。
単なる未熟者。
それにもかかわらず、いまだに菅官房長官は「世界最高水準の基準に適合するという(規制委の)判断を尊重していく」と話している。これは世界最高水準の安全神話であり、決して安全基準ではあり得ない!

避難計画は不要?

読売・産経新聞は避難計画について一切触れていない。
この問題に触れないで、どうして安全性の判断ができるのか?

触れたくない理由はわかりますけどね。
気象条件・地震による道路・家屋の被害状況・放射性物質の濃淡など、あまりにも不確定要素が多い中、何万・何十万人にも及ぶ可能性がある避難計画など、実際不可能に近いと思います。
しっかり議論すれば、結論は再稼働などできなくなってしまうはずなので。




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